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第1章 洋服の哲学
クラシックが無くなる
「昔はよかった」という言葉は、いつの時代も耳にするものですが、ものづくりの世界で言いますと、本当に昔のほうがよかったといえます。
機械のクオリティは向上しているはずなのに、なぜ過去の作品を私たちは超えられないのでしょうか。
モノづくりに力を捧げられないのは、資本主義の性質上、仕方ないところもありますが、ひとつわかることは、紡績工場の停滞も大きな要因でもあります。
生地作りの歴史
数十年前までは、細い糸で薄い生地をつくることは困難でしたが、昨今の技術の進歩により、Super 120~150’sといった細番手の生地を、安価で容易に作ることが可能になりました。
今では昔ながらの本格的な生地をたしなむ人は、一部の愛好家だけになってきています。
その結果、残念なことに、古き良き素晴らしい生地を作っていた生地工場が、時代の流れに逆らえず、次々と廃業しています。
時代に合わない古い機織り機械のメンテナンスや修繕も、コストに見合った回収が見込めないため、実働している物は極わずかです。今は、大量生産が可能な高速織機がフル稼働しているのが実状です。
そして古い織機を今、中国が世界中から大量に買い取っています。日本の機械も然り。わたしたちが守り続けてきたものが今、中国にとって代わられようとしているのです。
<1920年の機織り機 低速で織るため生産量が少なく,人がいなくては動かすことができない>
上の写真はわたしが2016年に英国にある「Taylor & Lodge(テイラー&ロッジ)」社の工場に伺い、撮影してきたものです。
英国の機織り名産地、「Huddersfield(ハダースフィールド)」でも、こういった低速織機を動かしているところは激減しました。
50年前までは40~50社ほどあった機織り工場が、今では4社しか残っていないそうです。その4社は、未だに英国の血筋を残しながら営業を続けています。それらの歴史を引き継ぐためにも、英国の生地の良さを世に伝える人が必要なのです。
今は高速織機で織られるのが当たり前の時代です。
昔は生地を製造する過程で、「エージング」という工程を踏んでいました。
それは、毛から糸を作る途中で、糸を休ませる時間のことを指します。
毛から糸を作る段階では引っ張る力が加わるため、時間をかけて生地にしていくことで、より良質な生地に仕上がります。
このエージングのような、じっくり時間をかけていく作業が、効率化の中でどんどん省かれていっています。
そして今のメインは高速織機で織られる生地で作る洋服です。果たしてそのような作りで作られた洋服が、20,30年後も着続けられるのでしょうか。
100人中99人が満足する、トレンドの薄くて軽い生地を、大量に生産できる機械がフル稼働している現代です。わざわざ100人に1人の、コアな本物思考の人のために、古い織機を動かす会社は、存続することが難しい時代なのです。
昔ながらの愚直なまでに自分の信じたものをつくり続けている小さな会社が力を失い、大きな資本力のある会社に買収されていっています(多くは中国の会社です)。
そこにいる何十年というキャリアを持つ熟練の作り手が、経営路線が大きく変わることを嫌い、早期リタイアしていく人たちが増えています。
そういった動きが工場内で起こると、翌年以降のものからクオリティが顕著に落ちているのがわかります。
ここ10数年だけを見ても、同じブランドなのにも関わらず、価格は上がり続けているにも関わらず、物のクオリティは明らかに落ちているということが起こっています。
しかしこれは、現代の時流からしてみたら防ぎようのないことなのかもしれません。
ツイードジャケットや厚手のウールコートよりも、便利で軽く、同じくらい暖かい洋服はたくさん作られています。
夏はリネン(麻)しか無かった昔に比べると、化学の進歩で夏でも涼しげな着心地を体感できる生地がたくさん出回っています。
選択の幅が広がったのは消費者にとっては嬉しいはずなのですが、果たして本当にそれが幸せなのでしょうか。昔ながらの本質的な服作りが弱体化していくのを見過ごし、科学に頼った血の通っていない洋服ばかりが並んでいくことが、素敵な将来だと想像できるでしょうか。
私はそうは思えないのです。
今のファストファッションの洋服が、何十年後に古着となり、マーケットに出回ることは到底考えられません。
未来の人たちに、本物の素晴らしさを伝え、しっかりとバトンを渡していきたいです。洋服とは、ただ寒さしのぎや見せびらかすための物だけではなく、人となりを指し示す大切な物なのです。
それを教えてくれるのはファストファッションではなく、時間をかけて丁寧に作られた本物だけです。
そのような本物が完全にゼロになったわけではありません。洋服の数は無数に増え続けているので、年々見つけづらくなっていますが、自分の感覚を研ぎ澄まして、本物との出会いを掴みにいきましょう。
作り手の想いが伝わるものに触れること以上の喜びは、なかなかないのではと私は思います。
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