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第1章 洋服の哲学
スーツは着る名刺
日本に洋装文化がやってきて、約150年。
洋服とは字の如く、西洋の服です。ファッションという言葉は、フランス語の「流儀・仕方」などの意味をもつ「facon(ファソン)」からきています。
もっと古く辿ると、ファッションの語源はラテン語で、factioで、「完成させる」という意味からきているという説があります。
江戸時代の日本では、士農工商という身分制度があり、着ているもので身分がわかる時代でした。
明治時代になり、明治天皇が洋服勅語を出した翌年の明治5年に、軍服が洋装となりました。
この変化は当時、とても急速であったため、国民、および洋服を作る人たちも困惑したことは想像に難くないでしょう。
当時はヨーロッパ諸国から西洋文化が直接伝わってきていました。明治・大正時代の男性の洋服の着こなしは今見てもとても格好よかったのはそのためです。
当時の写真を見ていますと、男性とはどうあるべきなのかを考えさせられます。
今よりも上背は小さく、寸胴な体系であった当時の日本人が、なぜ今ドキのスタイルのいい日本人よりも格好よく見えるのでしょうか。ファッションは昔よりも身近になったはずなのに、なぜ街を歩いていて、記憶に残るほどおしゃれな人は見当たらないのでしょうか。
わたし自身、街を歩いていて、「格好いい」と思う人に出会うのは、1ヶ月に1人か2人くらいだと思います。
戦争が終わり、ゼロからのスタートを切った日本は、戦前のイギリス文化から、アメリカへと大きく舵を切りました。そして、洋服にも、アメリカが得意としている利便性を追い求めた結果が、現在の在り方です。
何もわるくはありませんが、昔持っていた大切なものを、何か失ってしまったような気がしてなりません。
そんなところから、「装い」について、考えてみたいと思います。
こんな時代だからこそ、見直してほしいのです。男性としての装い、着こなしとはどのようなものかを。
スーツは着る名刺
わたしは「スーツは男性の着る名刺である」と思っています。
「スーツは消耗品。1,2年着て使い捨てるから安物でいい」
また、
「男は中身で勝負だから、スーツになんて金をかけない」
とおっしゃる方もいると思います。
しかし、日本という先進国に生まれてきた以上、必ずスーツを着なければいけないときはやってきます。例えば、冠婚葬祭や入学式、招かれたパーティなど。
虎屋の17代社長、黒川光博氏は、書籍「老舗の流儀」でこのように語っています。
「カジュアルにすればするほど、人格、品格がどんどん出てくる。ちゃんとした格好をすれば割と隠せる。カジュアルでいいという方は、よほど自分に自信があるのだろうか」
日本の美を追求してきた氏が語る言葉です。とても説得力があると感じました。
ファッションは個人的なことでもありますが、まずそれよりも先に、社会的なことであります。
自分が良ければいいという洋服ではなく、街、社会全体の空気を捉えた上で選ぶ洋服になると、自ずと選び方も変わってきます。
「自分は洋服になんら関心がない」
と言っている人は、言ってしまえばベクトルが社会ではなく、自分に向いているのかもしれません。
人が少ない時間帯に街を歩いていると、街路樹を剪定しているプロの方がいます。
土がある場所に花を植えている人がいます。
髪を整える、靴を磨く、身体に合った洋服を着るということは、街を綺麗にする行為と同義語だとわたしは思っています。
髪がボサボサで、靴の踵は擦り切れ、スーツにはフケが付き、サイズも合っていない。
そういうあり方はまるで、木が伸びきり、道路にゴミが溜まり、花ではなく雑草が生い茂る街とも言えるかもしれません。
安物でいい、服装なんてどうでもいい、という方は、ご自身が周りの方からどう見られているかということを考えてみてください。
何も高いものを身につけて欲しい、と言いたいわけではありません。ただ、丁寧に作られたものに囲まれて生きるのと、そうでない生き方を想像してみていただきたいのです。
男は中身で勝負という方は、突出した才能があればご自身は成功するかもしれません。
ですがその類まれな才能に関心をもった次世代の方々も、同じように中身で勝負するという裸一貫のスタイルで行く人が増えていく可能性が考えられます。
一人一人が、人や街に与える影響を、もっと感じていただきたいのです。
わたしは結婚式に参列するたび、日本のフォーマルウェアの水準の低さに懸念を抱きます。当の本人はおしゃれだと思っていても、周りからはただマナーをわかっていない人だと思われてしまうケースも多々見受けられます。
多くの人が、ファッションとマナーをはき違えているのです。
ルールやマナーの多さに嫌気がさし、自由気ままに振る舞う方もいるでしょう。
もちろん、自由であることがいけないわけではありませんが、作法はその人の品格を表すものになります。
立ち振る舞い、話し方など、その人をさし示すものは数多くあります。
この装いや礼節の大切さをしっかりとわきまえていくことで、自分の人生がどのように豊かになっていくのか、ぜひ想像してみてほしいです。
ファッションは軽率はものなのか
ファッションというのは、表面的な要素がほとんどかと感じる方がいらっしゃると思います。ですが、外観が変わることにより、内面が育っていくという力を持っているのが服装の最大の魅力です。
ヨーロッパには、「美服はすべて門を開く」ということわざがあるそうです。ヨーロッパらしい、服装の本質をついている言葉だと思います。
私自身、ヨーロッパに行った際、その場所に適した服装をしていくと、必ず褒めてもらえますし、居心地のいい席に案内してもらうこともあります。
クラシックスタイルの魅力は、
「この服装をしている人は、きっとまともな人だろう」
と会う人に安心してもらえることではないでしょうか。
マフィアスタイルのようなこれ見よがしの服装ではなく、流行に便乗しているようなスタイルでもない。ただ自分の身体に合っている、良い服を着ている、ということがいかに周りに安心感を与えるか。
スーツの着こなしに「個性」や「遊び心」という言葉は必要ないと私は思っております。
もっとも必要なのは、端正で、清潔感があること。それだけで今の時代は、センスのいい人だと思ってもらうことができます。
スーツを着ていないときはそうではなかったとしても、スーツを着ているときはそのような人に見えるというのが、スーツの魅力です。
2023年6月最終編集
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