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第1章 洋服の哲学
洋装のカジュアル化の流れ
19世紀後半に、現在のスリーピーススーツの原型であるラウンジ・スーツが生まれ、20世紀から装いはどんどんカジュアル化へと進んでいきます。
第一次世界大戦が終わった1918年、そこから第二次世界大戦が始まるまでの約20年間がラウンジ・スーツの集大成でした。第二次世界大戦が始まり物資の供給が制限されていくなか、真っ先に排除されたのがウエストコート(ベスト)だったのです。ウエストコートを失ったスーツは、本来下着であるブレイシーズ(サスペンダー)があらわになってしまうため、排除されました。その後、ベルトがスーツに使われるようになっていったのです。
ウエストコートがなくなることで、今までそのポケットに入れていたモノをしまう場所がなくなり、その結果、シャツに胸ポケットが付けられるようになりました。
実用性を求めたイギリスとは違い、陽気なラテン民族のイタリアや、隣国のフランスはアート文化が盛んで、洋服にアート的な要素を取り入れました。かれらは昔、出稼ぎでイギリスに行き、物作りのスキルを学びました。帰国後、自国なりの色を付け加えていったのです。
フルハンドメイドのスーツがいい、という方がいらっしゃいますが、そもそもは、当時貧しかったイタリア南部ではミシンを揃えるほど豊かではなく、手仕事で縫製をしていたのが始まりです。その名残から、今でもナポリ近郊ではフルハンドメイドの職人が多くいるのです。
イタリア人からすると、「イギリス人の服は堅くて地味でつまらない」という発想だったのでしょう。彼らは持ち前の色気と軽やかな雰囲気を持ち合わせた洋服を生み出していきました。
スーツの始まりは、イギリスの軍服です。そのためブリティッシュスーツは、“威厳・男らしさ”を象徴するシルエットです。それをイタリアやフランスはよりカジュアルな装いに変化させ、休日やバカンスの時に着られるように作り出していきました。
昨今、日本で流行している「アンコン(アンコンストラクテッド=非構築的)・ジャケット」。これは肩パッドや裏地、中の芯地をできるかぎり省略し、カーディガンのような軽やかなジャケットを追求したジャケットのことを言います。
このジャケットは元々、富裕層が8月のバカンスでリゾートに1ヶ月ほど滞在しているとき、ディナーに行く際などさっと軽く羽織れるようなジャケットが欲しい、という声から生まれた洋服なのです。彼らはお金には全く困っていないので、1ヶ月のバカンス期間だけ着られればいい。そのため裏地もいらないし、硬い芯地もいらない、耐久性も必要ないため、薄い軽やかな生地を用い、ストレスの無いジャケットを求めたのです。
そういった仕立てのスーツが富裕層の中で愛用されていたのですが、このアンコン仕立てのジャケットが大きく世に広く出回りはじめたのは、1980年代のジョルジオ・アルマーニがきっかけであると言われています。
アルマーニは若い頃、富裕層相手にファッションバイヤーをしていました。数々の富裕層の方達に会っていた当時、みなが口をそろえて、「もっと柔らかくて着心地のいいスーツは無いものか」と言っていたそうです。富裕層の方たちは、生まれてこのかた何十年も凝り固まったスーツを着続けているため、ある年齢を過ぎたあたりから、着心地のよい服を求めていたそうです。それを聞いた若き日のアルマーニが、肩パッドも芯地も抜いたスーツを、世に普及させようと思い立ちました。
つまり本来は、ソフトスーツと呼ばれるようなアンコン仕立てのスーツは、完璧なテーラードと贅沢すぎる生活に飽きてしまった大人の男にこそ似合うのです。このソフトスーツは歴史あるスーツの原型を崩して削ぎ落した結果生まれた形であるため、スーツの形自体は、1980年代にはすでに完成しきってしまったとも考えられます。
そういったルーツを知らずに、今の日本ではその「アンコン・ジャケット」をビジネスシーンで着ています。イタリアの富裕層が1ヶ月だけ着られればよいと思っている物を、日本人は懸命に手入れをしながら、ビジネスシーンで何年も着ようとしているのです。ルーツを知らずにいることで、本来の用途とは異なった洋服選びをしてしまっているのです。
わたしは、今の日本の洋装水準が下がってきているのがとても残念です。皆様には西洋の、歴史やスタイルに乗っ取った着こなしを、まずはしっかりと身につけてほしいと思っております。現代のビジネスシーンでは、ジャケパンかツーピース・スーツがほとんどですが、また今後、スーパークールビズなどの影響で、もっとビジネスシーンでのカジュアル化が進んで行くことでしょう。
「せっかくの休日なんだから、襟付きの服なんか着たくないし、革靴なんか履きたくない」という意見から、冬はダウンやブルゾン、夏はTシャツを着て足元はスニーカーやサンダル、という人が多くなってきています。今の日本人の大多数のスタイルはこのような服装です。しかし、もう一段階だけドレスアップを意識してみてはいかがでしょうか。
たとえば、平日のビジネスシーンはスリーピース・スーツに内羽根式(靴項目で説明有)の靴を合わせ、休日はジャケパンスタイルに外羽根式のカジュアルタイプの革靴、またはスリップオンのローファーを合わせるような、スマートなカジュアルスタイルをぜひ楽しんでみてください。
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