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第2章 スーツ
スーツの歴史
スーツの歴史
スーツの歴史を書く前に、これからのお話は諸説あることを前もってお伝えしておきます。
ここでは、現在のスーツの形が生まれた1860年代から、1980年代までのことを書いていきます。
まず、今のスリーピースの始まりからお話ししていきます。
スーツが生まれる前、紳士たちの正装は、フロックコート、モーニングコート、イヴニングコートでした。
〈モーニングコート〉
今、フォーマルな位置付けにあるタキシード(ディナージャケット)はその時代、夜の略礼服でした。シガールームであったり、少しくつろいだ空間で着られていたものだったのです。
〈ディナージャケット〉
それまで、上下共に同じ生地で作られるということはあり得ないことでした。
1830年に、ドイツのある仕立て屋が、現在のスリーピースの元となるような、上下共生地で洋服を仕立てました。しかし、当時は見向きもされないどころか、非難轟々で後ろ指を指されるような、奇人変人扱いを受けたそうです。
その時代はまだ、モーニングやイヴニングのように、上中下、男性の衣服は全て異なる素材で作られており、全て同じ生地で作るということは豊かな発想ではなかったため、それが認められるまでは時間がかかりました。
そこから30年後の1860年。夜会が終わった後のラウンジルームでなら、堅苦しい衣服を脱ぎ、少し着やすい洋服に着替えてもいいのではないかとなり、イギリスでラウンジスーツという洋服が着られるようになります。
〈ラウンジスーツ〉
このラウンジスーツこそ、今のスリーピーススーツの始まりです。
ですが、完全に同じ形ではなく、Vゾーンの位置は高く、前ボタンは4つボタンで、ボタンは全て留めるというスタイルでした。
今私たちが気合を入れて着ているスリーピーススーツは、160年前の紳士たちにとってはくつろぎ服だったのです。
これが1880〜1890年代には、ラウンジスーツに対する否定的な意見は無くなりました。
洋服の歴史はいつの時代も、カジュアル化し続けているという流れは変わっていません。
クールビズによって、そしてコロナによって、よりカジュアル化に拍車がかかっているのも、歴史の流れからすると何も不思議ではないのです。
1900年以降
1901年、エドワード7世が英国王に即位しました。
〈エドワード7世〉
彼は当時のファッションアイコン的存在でした。
氏が生み出したディテールはいくつかあります。
まず一つはトラウザーズのクリースライン。こちらはトラウザーズの項目でも書いておりますが、執事が誤って畳んでしまったものを、それもいいではないかとなったところからセンタークリースという物が生まれています。
また、ベストとジャケットの一番下のボタンを開けるということについても、彼が起因しています。彼は大変な美食家で、肥満体型でした。食事会の時、お腹が苦しくなったことにより、ベストのボタンを開けたのです。
それを見た周りの人たちが、「王に恥をかかせてはいけない」となり、皆一同にボタンを開けたのです。下のボタンを開けるアンボタンマナーはこの人の着こなしから始りました。
このように、スーツの着こなしは、些細な出来事から今も続いている着こなしになっている物が数多くあります。
話を戻します。第一次世界大戦の終わり頃には、フロックコートやモーニングが堅苦しすぎるというところから、社会情勢に合わなくなってきます。
そこからラウンジスーツ、ビジネススーツが、徐々に正式な場以外では大丈夫だろうとなり、広く着られるようになっていきました。
その後、より今のスーツの形に近づいていき、1920年代には、生活必需品にまで発展していきます。
この頃はカジュアルファッションという物が存在する前でしたので、その頃から、様々なシーンで着られるスーツという物が登場するようになります。
例えば、休日に着るスーツ、スポーツ観戦をするときに着るスーツ、アクティブな動きをするときに着るスーツのように。
伝統的な着こなしから徐々に変化をし、スーツという形の中で、様々なデザイン、シルエットの物が生まれた時代です。
〈オックスフォードバッグス〉
例えばこの時代にとても流行したのは、「オックスフォードバッグス」という、股上が深く、裾までのシルエットがストレートになった、ゆったりとしたワイドパンツが表れた。(いわゆるボンタンのようなものです)
これはある意味、伝統からの脱却でした。
1920年代にイギリスのオックスフォード大学の学生が、禁止されたニッカーボッカーズを隠せるように好んで履いたと言われ、ゆったりとした様子が袋(バッグ)を連想させることによる名称。
これがバギーパンツの原型とも言われております。
〈プラスフォアーズ〉
この時代にもう一つ流行ったのは、「プラスフォアーズ」という、ニッカーボッカーズのような形の物ですが、ふくらはぎ部分までたっぷりとゆとりを持たせたシルエットのパンツ。
今までは郊外でしか履くものではなかったものが、徐々に街で履く人が増えてきました。
ちなみに余談ですが、プラスフォアーズのようにゆとりがあるものの方が、位が高いものとされていました。ニッカーボッカーズは身体のシルエットに程近いシルエットであり、運動量を多く対応できることから、作業をする人かそうでないかという線引きがあったそうです。
1930年代には、フォーマルでもカジュアルでもラウンジスーツが主流になりました。
ハンティングや社交場に行くときにも使われ、最先端のスタイルになりました。
その後、ラウンジスーツという言葉は消え、スーツと一言で片付く名前になっていきます。
〈1930年代のスタイル〉
1930年代はまさに洋服が花開いていった時代で、「イングリッシュドレープスーツ」と表現され、とことん男性らしいシルエットを追求した時代でした。
「男は男らしく、女は女らしく」という、今の時代とは正反対の考え方の時代に育まれたのがスーツです。
男性服のスタイルが完成した年代であり、現代のスーツの始まりが1930年代と言ってもいいでしょう。
今でも「サーティーズスタイル」という名前で、当時のスタイルを楽しむ方が多くいらっしゃいます。
特徴的なのは、トラウザーズの太さ。裾幅は19インチ、48cmなので、折った状態だと24cmです。昨今の17,18cmという細さとは全く違うスタイルです。
ちなみにここでお伝えしておかなくてはいけないことがあるのですが、スリーピーススーツを着ている時は、上着の前釦は開けるという、どこから湧き出たかわからない嘘知識が巷に出回っております。
私の動画をご覧いただいた方でも、「なぜ竹内さんはスリーピースなのに前のボタンを留めているのですか?」というコメントがいくつも寄せられました。
私はここでしっかりとお伝えしたいです。
前釦は立っている時には留める。座る時には開ける。
これ以上でもこれ以下でもないのです。
上の絵をご覧いただきたいです。当時の紳士の着こなしにおいて非常に参考になる絵ですが、立ち姿の時、前のボタンはしっかりと留めております。
もし今巷で囁かれている着こなしが正しいとなれば、この当時に描かれていたイラストは間違った着こなしをしているということになります。改めて言いますが、そんなことありません。
歴史は全て物語っております。信頼のおける知識を手にしていただきたいです。
話が逸れました。
世界大戦後の動き
第二次世界大戦が終わった頃、ヨーロッパは大戦後の傷が癒えておらず、この頃からファッション業界を大きくリードしていくのはアメリカになります。
思い浮かべてみていただけたら、この頃から現れたのが、銀幕のスターたち、ジーンズ、アメリカンカジュアル、などなどです。
ヨーロッパがもう一度ファッション業界で前線に出るのはもう少し時間がかかります。
ボールドルック
〈ボールドルック〉
その頃、1940年代後半から1950年前半にかけて流行ったのが、「ボールドルック」というスタイル。ボールド(Bold)とは、「大胆な」「勇敢な」という意味です。
世界大戦で戦勝国となったアメリカは、力強いアメリカを世界にアピールすべく、このスタイルが世に打ち出されたのです。
シルエットとしましては、全体にゆったりとしていて、強調された広い肩幅、ゆとりのあるバストドレープ、広い襟、低いVゾーン、太いトラウザーズ。という仕上がり。30年代のスーツより、より男らしさを強調したシルエットです。
このシルエットを聞いて思い浮かべた方もいらっしゃると思います。なんだか、バブルの時のスーツのような雰囲気がしませんか。
そうなのです。バブルの時代に流行った「ソフトスーツ」というのは、この頃のリバイバルなのです。しかし完全に同じものではなく、仕立ては柔らかくなり、使う生地や雰囲気も80年代に合ったものです。
このボールドルックは、日本では当時はあまり日の目を浴びることはありませんでした。日本はその頃、アイビーファッションに夢中だったからです。
アイビーとボールドルックはまるで正反対のようなスタイルです。
程よく肩の力の抜けたスタイルが、当時の日本人には刺さったのでしょう。
ミスターTルック
1950年に入ると、「ミスターTルック」というシルエットになります。
「Tall -Thin-Trim」の頭文字を集めた言葉で、ボールドルックと打って変わり、より長く細く、よりすっきりとしたシルエットのスーツです。
時代は常に、右から左へと移っていきます。太いシルエットが終われば今度は細くなります。
モッズスーツ
〈モッズファッション〉
1960年、この頃から、徐々に既製服の存在が大きくなってきます。
この時代に流行ったのがモッズスーツ。
映画「さらば青春の光」がモッズファッションの教科書ですが、若者の反抗心が一つのファッションになったものです。
この頃、ピエールカルダンがメンズブティックをオープン。
男性が休日にカジュアルファッションを楽しむという時代がこの頃から始まります。
デザイナーズスーツの時代到来
1970年に入ると、デザイナーズスーツの時代です。
イヴ・サンローラン、ハーディエイミス、ジョルジオアルマーニ、ラルフローレン、etc..
〈ジョルジオアルマーニ〉
名だたるデザイナーが世に現れた時代。この時代から80年にかけては、ファッションの黄金期であることは疑いようのない事実でしょう。
クラシックなスーツが古臭い、オワコンとなり、クラシックファッションにとっては不遇の時代に入ります。
この時代のファッションは、映画や音楽と非常に密接でした。
デザイナーが映画の衣装を手掛け、時代と流行をどんどん作って行ったのがまさにこの時代です。
この当時、サヴィルロウで最も知られていたテーラーの一つにトミーナッターという人物がいます。
〈トミーナッター〉
トミーナッターは、わたしが2011年にイギリスに行ったときにティモシーエベレストという方のお世話になっておりましたが、ティモシーは彼の弟子でした。
落ち目だったサヴィルロウに風穴を開け、奇抜で独特なスーツを世に出していった人物です。
顧客はビートルズやローリングストーンズなど、当時の超一流のミュージシャン。混沌とした時代を華やかに生き切ったテーラーです。
ソフトスーツ
1980年に入ると、スーツという形はとことんまで崩されていきます。
アルマーニが作り出したデコンストラクテッドスーツ。デコンストラクテッドとは、脱構築という意味で、既存の概念や完成品を一度解体し、”その構造を明らかにした上で”、再構築することを指します。
今、より多く使われている言葉で言いますと、アンコンストラクテッド(通称アンコン)ジャケットも同義語です。
今まで肩パッドや芯地が入っていて、肩苦しかったスーツから世界中の人たちを解放させ、ソフトスーツという新たな美学を生み出した人です。
〈ソフトスーツ〉
スーツを寛ぎ服、そして新たなファッションのスタイルへと進化させたアルマーニは偉大な人物です。
ですがその反面、世界中で、「スーツ=堅苦しい、着づらい」というイメージを作り出したことも事実です。
これは時代の流れ上、致し方のないことなのですが、アルマーニのスーツは守破離でいうと破であり、何事もその物事の本質を知るためには、まずは守から学ぶことがとても大切なのです。
それ以降はファッションの流行は細分化されていき、現代はスーツを楽しむ方も、一部の愛好家に限られるようになってきました。
スーツの歴史を知ることで、着る楽しみが湧き上がり、何でもござれのこの時代でも、普遍的なスーツを着たいという方が増えてくれることを私は願っております。
2026年6月執筆
Atelier BERUN
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